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学校の個人懇談に一喜一憂していた頃の私

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12月の冬休み前の学校行事といえば、個人懇談ですね。
担任から子どもの学校での生活態度や勉強面での様子などの話を聞き、必要時、指導を受けるアレです。

優等生の子の親なら特別、憂鬱さも緊張も胃の痛みもなく出席できると思いますが、
私は長男の時から大の苦手。個人懇談の日が近づくと気持ちが沈んで憂鬱になり、当日は胃が痛くなるほど。

担任の指導が親への攻撃の言葉に聞こえてしまう。

それは保育園の年少から始まりました。
保育園の担任から「長男君はハサミの使い方が~」から始まり、あれができない、これができない等々、立て続けに言われ、最後に「このままでは小学校に入学してから苦労する。」と言われてショックで立ち直れず、その後、私はその先生に会うことが怖くなって、一時期は私が保育園の登園拒否で私の両親に保育園の送迎をお願いしたこともありました。

翌春、年中の担任は「長男君は、教室ではこの端っこの隙間がお気に入りで、そこに絵本やおもちゃを持って行って遊ぶんですよ~。特定の友達はいませんが、その時々で誰かしらと誘ったり誘われたりしてお友達と楽しく遊んでいますよ。」と園での様子を楽しそうに教えてくれる先生で、その先生に私は救われ、その後、長男の家での困りごとや心配事を保育園の先生に相談できるようになりました。

小学校に入ると、「宿題の提出が~」「持ち物の管理が~」「忘れ物が~」いろいろ指導を受けました。毎回、何かしら指導が入るのです。

それに比べて娘の場合は「努力家ですね。これからもこの調子でいきましょう。」とあっさり終わります。

指導内容に落差の大きい兄妹、そして末っ子。
末っ子は登校渋り、学校のある日は朝早起きできない(休日は早起きです!)。
三人三様。指導内容も三様。

以前の私は担任の指導に一喜一憂して、特に長男の時は落ち込んで、親として自分を責めてとてもつらかった…。先生の言葉が親への攻撃に思えてしまって、とても苦しかったです。

「私は私、子どもは子ども」

現在は、3人分の指導を受けて、単純に経験値が上がりました!
悩んでいた頃は、根本師匠の書籍を読み漁り、そこに書かれていたアファメーション「私は私、子どもは子ども」と自分と子どもの間に線を引く。距離をとるイメージでアファメーションすることで、担任からの指導を「子どもの問題」と客観的に受け止めることができました。
そして、そのことで子どもは困っているかもしれない。その子が生活しやすい環境、学びやすい環境にするためには、親や学校、周りの人ができることはないのだろうか?と前向きに考えることもできました。

どうしたら困りごとが減るのかな?

例えば、
「すぐ物を紛失する。」のであれば、全部の持ち物に記名して、落とし物をしても戻って来やすいようにする。
「配布したプリントを家に持ち帰らない。」のであれば、担任がその子の下校時に持ち帰るように声をかけて、もし可能であればその子がランドセルに入れるところまで見届けて持ち帰らせるようにする(親は担任に協力をお願いする)。
「あれができない」「これができない」と嘆いていても子も親もつらいだけ。どうしたら困りごとが減るのか、ちょっとした工夫があれば、きっと生活しやすくなるはずです。

先生の指導は親への攻撃ではなく、
「お家で困りごとはありませんか?一緒に共有してその子が学びやすい環境になるように考えていきましょう!」という言葉なのかもしれませんね。実は家ではこのことで困っていて、どうしたら良いでしょうか?(もしくは、こうしてもらえると助かるんですが~)と先生に相談してみると前向きな助言がもらえるかもしれません。
親も先生もその子のことを想っている。何とかしたい!という気持ちは共通だと思うので。

その子の個性だし、少しずつ成長している姿がある。順調順調!
って、その子の傍で見守れる親でありたいと思います。

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